第73回定例総会・研究発表会と 2022/2023年度の学会をふりかえって

 
日本ロシア文学会会長 中村唯史
2023年11月14日

 日本ロシア文学会第73回定例総会・研究発表会は、2023年10月21日-22日の2日間、富山大学五福キャンパスで開催され、無事終了しました。新型コロナ・ウィルス禍のために、第70回大会(開催校:大阪大)、第71回(同:筑波大)と2年続けてオンライン開催となり、昨年度の第72回大会(同・専修大)では感染状況を注視したうえでハイフレックス方式が選択されましたが、今年度は4年ぶりに全面対面のかたちで開催を実現することができました。

 全国大会は、たんに会員が研究発表を行うだけではなく、全国にいる会員が集まって情報や見解を直に交換し、研究者間の交流をより豊かにする場です。ですから今回、全面対面方式に復帰したことには、大きな意義があります。どの会場にも30-60名ほどの出席者が集い、報告と質疑応答が行われました。私はすべてのセクションに参加できたわけではありませんが、聴講したいずれのセクションでも例外なく生産的で学術的に高い水準の議論が交わされていたことには驚嘆しました。1日目のプログラム終了後には、やはり4年ぶりに懇親会も開催されましたが、さまざまな世代が知り合い、言葉を交わすこのような場が復活したのも喜ばしいことです。研究者の親睦団体である学会という組織には、見解や立場の完全な一致は原理的にあり得ません。むしろ多様な見解や立場の表明が忌憚なく自由に行われる場を確保していくことが、自分たちの責任であるという思いを強くした2日間でした。

 今年度の学会大賞受賞者である上田洋子さんの記念講演「インターネットはロシア文化のストリートである―ープッシー・ライオットから特別軍事作戦下の愛国的パフォーマンスまで」には、学会外の方も含めて100名ほどが集いました。ご講演の模様は現在YouTubeで公開され、当学会のホームページからも観ることができます(https://yaar.jpn.org/?p=2104)。日本ではあまり語られることのない、ロシアの多様なストリートアートに触れる貴重な機会です。皆さん、ぜひ視聴してください。

 今大会が成功裏に終えられたことは、野中進さんを長とする大会組織委員会、開催校である富山大学の武田昭文さん、笹山啓さんをはじめとする大会実行委員会、および開催を手伝ってくださったスタッフの皆さんによる、周到な事前準備と当日のご尽力のおかげです。心よりの感謝と敬意を表します。

 10月21日の総会で、来年度2024年の大会は創価大学で開催されることに決まりました。日程等は確定次第、学会ホームページや学会員MLで随時お知らせしていきますが、皆さんの積極的な参加とご報告をお待ちします。

 2022年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻はまだ解決の糸口も見えず、暴力と分断は世界の他の地域にも蔓延しつつあります。このような状況に対する本学会の基本姿勢は、2022年2月28日に発出した、日本語・英語・ウクライナ語・ロシア語による「ロシア軍のウクライナ侵攻への抗議声明」と、同年3月15日に発出した、日本語による声明「ロシアの言葉・文学・文化を今、あるいはこれから学ぶ皆さんへ」の2つに表れています。これらの文書は、言語、文学、文化そして人文学研究が、分断や排斥や暴力に抗するうえで重要かつ不可欠な営為であることを示しています。

 人文学研究は今現在の状況を見据えなければなりませんが、しかしその一方で、これまで蓄積されてきた言語・文学・文化の諸現象を等閑に付すわけにはいきません。坂庭淳史さんを長とする学会誌編集委員会のご尽力により、学会誌第55号は通常どおりのスケジュールで刊行されました。また、2022年12月17日に実施された若手ワークショップ企画賞受賞のシンポジウム「ロシア・東欧の『パストラル』の諸相」をはじめとして、さまざまな研究会やイベントの開催が活性化しているのも喜ばしいことです。

 昨学会年度、本田晃子さんを長とする広報委員会のご尽力で学会ホームページがリニューアルされ、各種の情報を機能的に知ることができるようになりました。学会員の皆さまには、ぜひ学会ホームページや学会員MLに注意して、ご自分の研究に役立つ情報を取得していただきたいと思います。また、各種の企画や出版情報を広報委員会にお寄せいただき、積極的に学会員に共有してください。

 なお、従来の学会員名簿に相当する学会員情報検索機能は、まもなく運用が開始される予定です。学会費や維持会費も、学会ホームページから納入が可能になっています。さまざまな役職を担当している会員の業務負担軽減に向けて、ご理解ご協力を改めてお願い申し上げます。

 この1年間、日本のロシア語・文学・文化・思想研究を牽引されてきた方々の訃報に接することが多かったのは、とても悲しいことです。改めて深い哀悼の意を表します。その一方で、学会賞や若手ワークショップ企画賞の受賞者の方々をはじめとして、中堅若手の研究者の活躍が顕著になっていることには励まされます。とりわけ昨学会年度、奈倉有里さんが著書『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』(2021年、未知谷)を中心とするお仕事に対してサントリー学芸賞(芸術・文学部門)を、古宮路子さんがユーリー・オレーシャ『羨望』の生成過程解明に基づいたソ連前期ロシア文学史の実証的研究を評価されて日本学術振興会賞を、畔柳千明さんがロシア帝国の北京宗教使節団の研究を評価されて日本学術振興会育志賞をそれぞれ授与されたことは、私たちにとって真に元気づけられることでした。改めてお祝いを申し上げます。

 2023年の総会をもって、野中進さんが副会長を退任されました。野中さんはこの間、学会大賞や若手ワークショップ企画賞などを主導されたのみならず、昨年2月以降の事態に対しても的確なご意見やご提案をくださいました。後任を坂庭淳史さんにお願いし、前田和泉副会長、日常業務を統括する事務局の秋山真一さん、北井聡子さんとともに、適切な学会運営に努めていく所存です。また各支部からの理事、各種委員会も、この10月から新たな顔ぶれになりました(https://yaar.jpn.org/?page_id=23)。

 学会は多くの会員の意見を受け、広範な議論に基づいて運営されるべきものです。これからも執行部・事務局内で意見や情報を交換し、理事会に諮りながら、喫緊あるいは長期的な問題に取り組んでまいりますが、会員の皆さまにも、事務局や所属支部にご意見や提言を積極的にお寄せいただくよう、お願いいたします。