第72回定例総会・研究発表会と 2021/2022年度の学会をふりかえって
日本ロシア文学会会長 中村唯史
2022年10月30日
日本ロシア文学会第72回定例総会・研究発表会は、2022年10月22日-23日の2日間、専修大学神田キャンパスで開催され、総会およびすべての研究発表を予定どおり終了しました。新型コロナ・ウィルス禍のために、第70回大会(開催校:大阪大)、第71回(同:筑波大)と2年続けてオンライン開催となりましたが、今大会では感染状況を注視したうえでハイフレックス方式が選択され、3年ぶりに対面での開催を実現することができました。
全国大会は、たんに会員が研究発表を行うだけではなく、全国にいる会員が一同に集まって情報や見解を交換し、研究者間の交流をより豊かにする場です。ですから、今回対面での大会が復活したことには、とても大きな意義があります。どの会場にも20-50名ほどの対面出席者と10-30名ほどのオンライン参加者が集まり、活発な報告と質疑応答が行われました。今年度の学会大賞受賞者である井上幸義さんの記念講演「ゴーゴリの鏡の世界」の会場には、学会外の方も含めて100名ほどが集いました。また、大会前日の21日に開催校専修大学の石川達夫さんの主導で実施されたプレシンポジウム「ロシア・東欧の抵抗精神:抑圧・弾圧の中での言葉と文化―ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、ポーランド、チェコ―」(日本ロシア文学会・日本スラヴ学研究会共同主催)には、対面とオンラインを合わせて延べ450名ほどの参加がありました。
対面とオンラインの併用には技術的に、また時間の制約という点でも多くの困難が伴いましたが、今大会が成功裏に終えられたことは、前田和泉さんを長とする大会組織委員会、開催校である専修大学の石川達夫さんを長とする大会実行委員会、および開催を手伝ってくださったスタッフ・院生の皆さんによる、周到な事前準備と当日のご尽力のおかげです。心よりの感謝と敬意を表します。
10月22日の総会で、来年度2023年の大会は富山大学で開催されることに決まりました。どのような形態で実施することになるのかは、新型コロナ・ウィルス禍ほかの今後の状況、人的・技術的な問題等を考慮しつつ、慎重に検討されることになりますが、できるかぎり対面での実施を模索したいと思います。
2021年10月から2022年10月までの学会年度の間に、日本ロシア文学会をめぐる状況は激しく変化しました。その最大の理由は、2022年2月24日に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻とその激化・長期化です。当学会では、2月28日に日本語・英語・ウクライナ語・ロシア語による「ロシア軍のウクライナ侵攻への抗議声明」を理事会と会長の連名で、また3月15日には、ロシアの軍・政府による暴挙とロシアの文学等や一般市民とを同一視するべきではなく、ロシアの言語や文化を研究する意義に変わりはないことを日本語で指摘した文書「ロシアの言葉・文学・文化を今、あるいはこれから学ぶ皆さんへ」を学会名義で発出しました。研究者の親睦団体という性格上、学会という組織が完全な意思統一をするものではありませんが、これらの声明や文書は学会員の最大公約数的なコンセンサスに基づいていると信じます。
当学会はまた9月25日に日本ロシア語教育学会との共同主催で「日本におけるこれからのロシア語・文学・文化教育―多言語・多文化共生と教育のポリティクス―」をオンラインで開催し、約90名の参加者を得て、ロシアに関する言語文化教育のあるべきかたちについて真摯な議論を行いました。残念ながらウクライナでの事態にはまだ解決の糸口すら見いだせない状況ですが、これらの取り組みは、言語、文学、文化そして人文学研究が、分断や排斥に抗するうえで重要かつ不可欠ないとなみであることを示しています。
人文学研究が今現在の事態を見据えなければならないのは言うまでもないことですが、しかしそれは、これまで蓄積されてきた言語・文学・文化の諸現象を等閑に付して良いということではありません。新型コロナ禍による制約や、2月からのウクライナの事態の影の下でも、坂庭淳史さんを長とする学会誌編集委員会のご尽力により、学会誌第54号は通常どおりのスケジュールで刊行されました。また、新型コロナ・ウィルス禍がやや落ち着いてきたことを受けて、感染防止に留意しつつも、さまざまな研究会やイベントが企画され、実際に顔を合わせて意見や情報を交換する場が再び増えてきているのは喜ばしいことです。
今学会年度、本田晃子さんを長とする広報委員会のご尽力で学会ホームページがリニューアルされ、各種の情報を機能的に知ることができるようになりました。学会員の皆さまには、ぜひ学会HPや学会員MLに注意して、ご自分の研究に役立つ情報を取得していただきたいと思います。また、各種の企画や出版情報を積極的に広報委員会にお寄せいただき、学会員に共有してください。なお、従来の学会員名簿に相当する学会員情報検索機能については、できるだけ早期の実現に向けて、広報委員会による検討が進んでいます。
この1年間、前学会年度まで4年間会長を務められた三谷惠子さん他、日本のロシア語・文学・文化・思想研究を牽引されてきた方々の訃報に接することが多かったのは、とても悲しいことでした。改めて深い哀悼の意を表します。その一方で、学会賞や若手ワークショップ企画賞の受賞者の方々をはじめとして、若手研究者の活躍が顕著になっていることには励まされます。今年から導入された学生会員制度によって、大学院修士(博士前期)課程のうちに学会員となり、全国大会・支部大会での報告を行う若い世代も現れています。
もちろん、日本ロシア文学会を取り巻く状況は、喜ばしいことばかりではありません。特に研究者コミュニティや言語文化を教える場の縮小は、人文系の研究分野が共通して抱えている問題です。当学会は、会員それぞれの研究領域の今後の発展を支えるために、新学会年度より、従来の6支部体制から北海道、関東東北、関西中部、西日本の4支部体制に移行しました。また、役員の負担軽減と分散を図る目的から、学会費のオンライン決済、新入会手続きの簡便化など、業務のスリム化と効率化を図っています。将来的に維持可能な学会のあり方を模索し、対策を真剣に考えるときに来ているように思われます。
2022年の総会をもって、4年間事務局書記を務めてくださった安達大輔さんの任期が終了しました。安達さんはこの間、学会の日常業務を迅速かつ着実に統括してくださったのみならず、特に本年2月以降は、ウクライナの事態と学会員の対応に関する情報の収集と集約に尽力されました。後任を北井聡子さんにお願いし、これからは庶務会計の秋山真一さんとの二人体制で、学会運営の要である事務局をご担当いただきます。
学会は多くの会員の意見を受け、広範な議論に基づいて運営されるべきものです。これからも執行部・事務局内で意見や情報を交換し、理事会に諮りながら、ウクライナの事態他の多くの問題に取り組んでいきますが、会員の皆さまにも、事務局や所属支部に、ご意見や提言を積極的にお寄せいただくよう、お願いいたします。