2023年度日本ロシア文学会賞「受賞のことば」

鈴木 佑也(すずき ゆうや)

【著書】

『ソヴィエト宮殿――建設計画の誕生から頓挫まで』(水声社,2021年11月)
 

<プロフィール(2023年10月現在)>

2015年ロシア国立芸術学研究所にてPh.D(芸術学)取得後、2016年東京外国語大学にて博士号(学術)取得。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、現在、新潟国際情報大学国際学部准教授。専門はロシア・ソ連建築史/美術史、表象文化論。
 

<受賞のことば>

この度は名誉ある賞を拙著に授与してくださり、誠にありがとうございます。ご多忙の中、審査及び選考に携われられた委員の方々と関係者の皆様に心より御礼申し上げると共に、拙著の土台となった博士論文執筆と出版に際しご指導いただきました沼野恭子先生、前田和泉先生、八束はじめ先生を筆頭に多くの先生方、そして優れた研究で常に刺激を与えてくださった先輩方、後輩諸君に感謝申し上げます。

拙著は当時の政府決議やそれに関連する議事録、建設状況の報告書や意見書などの一次資料を基に建築プロジェクト《ソヴィエト宮殿》を時系列に分けて、その経緯を記したものです。この建築物完成を目指して、この建築プロジェクトの関係者や政府閣僚の動き、ソ連国内における当時の産業事情、工学/土木技術面での限界、建築界での潮流などの要因が複雑に絡んで進められた《ソヴィエト宮殿》の実態をつぶさに紐解こうと専念したつもりです。その結果として《ソヴィエト宮殿》にまつわる当時の集合的記憶を記述することとなりましたが、未だ余白となっている部分が多々あります。果たしてこのプロジェクトが頓挫したのちにソ連建築界においてどのような影響があったのか、一般国民が時代に応じてどのように受け止め解釈されていたのか、現代のロシアにおいてかつての社会主義というイデオロギーを超えた何かとして受け止められているのか否か。こうしたことはこの建築プロジェクトのみならず、何かしらの文化現象や文化事象を分析する上で重要なものと考えており、翻ってロシアという地域における過去をまなざす歴史観の究明という点に行き着くと考えます。《ソヴィエト宮殿》のような建築プロジェクトをはじめとして建築に関連する文化現象が研究対象ではありますが、この点において、研究報告会での個別の研究あるいは調査を通じて、本会会員の皆様と溌剌たる意見交換ができることはこの上ない喜びです。

賞に与ったことで驕り高ぶることなく、自らの研究に対する叱咤激励と受け止め、更なる精進を重ね研究に励んで参りたいと思います。
 

 

マリア・プロホロワ

【論文】

「リノール・ゴラーリク『呼吸できるすべてのものたち』における動物表象の機能」(『ロシア語ロシア文学研究』第54号)
 

<プロフィール(2023年10月現在)>

モスクワ市立教育大学卒業後、研究生として来日。2019年に東京外国語大学総合国際学研究科博士前期課修了。2023年に同大学同研究科博士後期課程を修了し、博士号を取得。主な研究分野は比較文学(ロシアと日本の現代文学が対象)およびアニマル・スタディーズ。2023年4月より、東京外国語大学の特任講師(ロシア語)。
 

<受賞のことば>

未熟な身として、不安に駆られながら執筆した論文に、名誉ある学会からこのような高いご評価をいただくことができて大変光栄に思います。まずは学会賞選考委員の皆さま、執筆・査読・編集の過程でご助言をくださった先生方に心よりお礼申し上げます。この論文は二年前の全国大会での口頭発表の内容を加筆修正したものとなっておりますが、発表の際に貴重なご質問やコメントをいただいた方々にも感謝の意を表したいです。

私は数年前から、現代文学における動物に強い関心を抱くようになりました。世界規模で権力関係に対する認識やコミュニケーションの在り方が変わるとともに、動物表象にも興味深い変化が見られます。その一つは、従来の文学では無言の弱者の代表的存在だった動物がはっきりした「声」を得て、人間と直接話す描写が増えたことです。種を越えたこうした対話は、現代文学の中でどのような位置にあり、どのような意味を持つのか。今回の論文では、多数の動物に言葉が与えられ、動物表象にはやや保守的なロシア文学で小さな革命を起こしたリノール・ゴラーリクの小説について考察しましたが、これらの疑問を解明する中で一つのステップになれば幸いです。また、ゴラーリクという作家はまだ日本ではほぼ知られていませんが、この論文および今回の受賞で、彼女の精力的かつ多面的な創作活動がより多くの方に注目され、新たな研究のきっかけになることも願っております。

指導教員の沼野恭子先生、副指導教員の前田和泉先生と山口裕之先生を始め、たくさんの方々のご協力があり、この研究が一部を成している博士学位請求論文を東京外国語大学に提出し、今年の夏、博士号を取得することができました。今後も動物表象の研究を主軸に、ロシアと日本の文学の最先端で研究を進めて、文学研究および日露の文学交流、学術的交流に貢献していきたいと思います。今回の受賞を励みに精いっぱい頑張りますので、どうか温かく見守っていただけましたら幸いです。