2022年度 日本ロシア文学会大賞 受賞のことば

【受賞者】井上幸義(いのうえ ゆきよし)氏・上智大学名誉教授
 

この度は、思いもよらず、このような特別な賞をいただき、中村会長はじめ執行部の皆様、大賞選考委員会の皆様に心からお礼申し上げます。

私は、上智大学でロシア語を学び、東京外国語大学大学院修了後、すぐにロシアに行きたかったのですが、1970年代末当時はロシアへの留学の制度もなかったので、ロシアに行く手段として、自分に全く向いていないはずの商社勤めを始め、ようやく念願のモスクワの駐在員となってロシアの空気を吸い、ロシア人相手の商談を通してロシア人のある種のメンタリティーに触れることができました。駐在から帰国の翌月退社し、失業保険をもらいながら、近所のお寺の岩に腰掛けて、ロシア語文法の本や、ドストエフスキーなどを読んでいました。岩からエネルギーをもらいながらの読書は実に幸せな時間でした。失業保険が切れる頃、大学院の先輩から「ロシア語の翻訳をやれ」と、いきなり原稿を渡され、知らぬ間に翻訳・通訳の世界に引きずり込まれてしまいました。自らの意志で始めた仕事ではなかったのですが、やってみると日本語をロシア語に訳し、ロシア語を日本語に移すプロセスが、そして読書とは異なるロシア語への向き合いかたそのものがとても面白いことに気づき、その生活を10数年続けた後、2000年に上智大学の専任となりました。という次第で、私は社会人生活が長く、教育・研究の世界に入ったのはずいぶん遅かったので、いわば「遅れてやってきたおじさん教師」でした。その後は、それまで自分の関心の二つの中心だったロシア語とロシア文学という2点間を彷徨いつつ、この2点間の距離の総和が一定になるような「楕円」の軌跡を描きながら、研究を続けてきました。その結果、人から何を研究しているのかと問われると、「ロシア語学とロシア文学の境界領域」という自分でも何だかよくわからない曖昧な楕円軌道的返答をしてきました。

2018年3月に上智大学を定年退職するまで、またその後もこの楕円軌道運動を続けてきましたが、楕円の一方の点であるロシア語の関心の中心は、数詞や格やアスペクト、もう一方の点のロシア文学の関心の中心はロシア詩やゴーゴリやレールモントフなどでした。ふたつの点の直接の接点はないのですが、2点間の楕円軌道運動を続けるうちに、ロシア文学はロシア語学の視点から、ロシア語学はロシア文学の視点から眺めていることに気づきました。

ロシア語学では、大変ありがたいことに、2019年にロシア語研究会の「木二会」が、私の名誉教授記念号を刊行してくださり、その記念号にロシア語の数詞に関する拙論を掲載させていただきました。

ロシア文学では、とりわけ、ゴーゴリの不可思議な世界に魅了され、不思議な語順に隠された意味を考えながら、2009年にオデーサで開催された「ゴーゴリ生誕200周年記念学会」やモスクワのゴーゴリの家・博物館で開催される「ゴーゴリ講座」などでゴーゴリについて発表してきました。その基となったのは、2007年のNHKラジオ講座応用編「ゴーゴリの『鼻』を読む」でした。この講座では、この小説の約半分を一般の読者の方々と一緒に読み進めるという貴重な体験をすることができました。その後の2011年に残りの半分も含めた『ゴーゴリ『鼻』全文読解』をナウカ出版が出版してくださいました。今回の大賞受賞記念講演は、これまでのゴーゴリ研究やNHKの放送や『ゴーゴリ『鼻』全文読解』に基づいて、特に『鼻』における語順・詩のリズム・音の鏡像関係の視点や、登場人物の「格上げ」の観点から分析を試みました。私の分析方法は、やはり、2点間の楕円軌道運動でした。
これからも楕円運動的研究を惰性運動的生活において続けていきたいと思います。

最後に、ゴーゴリにまつわる個人的な体験について記させていただきます。2001年から毎年ゴーゴリの誕生日の旧暦3月20日に当たる新暦の4月1日にモスクワのゴーゴリの家・博物館でГоголевские чтения「ゴーゴリ講座」が開催されてきました。例年、ロシアやウクライナやイスラエルなど各国からゴーゴリ研究者が集い、研究成果を発表し合います。2012年に私が参加したときも、ロシアとウクライナの研究者のそれぞれの研究に対するお互いの敬意を感じました。2014年4月にも「ゴーゴリ講座」が開催されました。当初、この年は、ウクライナのキーウと、かつてゴーゴリが学んだギムナジウムがあったネージンの2か所で、はじめてのウクライナ・ロシアの共同開催が予定されていて、私もネージンに行けるものと楽しみにしていました。しかし、直前の3月に、ロシアがクリミアを一方的に併合してしまいました。その結果、「ゴーゴリ講座」のウクライナでの共同開催はなくなってしまいました。それでも、オンラインでキーウとモスクワを結んで、キーウのウクライナ科学アカデミー付属文学研究所・所長のЖулинскийさんとモスクワのゴーゴリ博物館館長のВикуловаさんが互いに深い敬意に満ちた挨拶を交わし、レクチャーを行いました。その中で、モスクワのВикулова館長は博物館所蔵の、ロシアではなくウクライナをモチーフにしたゴーゴリ作品の登場人物たちの塑像をオンラインの画面を通してひとつひとつ丁寧に紹介されました。そこに私はロシア側代表の、ウクライナとウクライナの人々への、またゴーゴリへの深い敬意を感じ、心を揺さぶられました。ウクライナの代表とロシアの代表が、分断を乗り越え、互いに何とか対話をなりたたせようという姿勢は美しくもあり、両者をゴーゴリが繋いでいるのだと感じました。残念ながら、その後、「ゴーゴリ講座」がウクライナと共同開催されることはありません。

今年の2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻をゴーゴリが知ったら、さぞかし悲しんだことだろうと思います。分断を乗り越えるのは容易ではないでしょうし、時間は長くかかるでしょう。しかし、学術交流、言葉による交流、文学や文化の研究の交流が、ロシアとウクライナの研究者や人々を再び結び付けることを信じています。文学や文化は体制よりも長く生き永らえ時空を超えるものだからです。作品が書かれた約200年後の数千キロも離れたこの日本で、また世界中でゴーゴリの作品やロシア文学が読み継がれていることこそ、その証でしょう。そして、日本におけるロシア文学や文化・芸術、フォークロアなどの研究活動・交流そのものが、ロシアとウクライナを互いの敬意で再び結びつけることを後押ししていくものと信じています。
 

2022年10月28日 井上幸義